『クリーンミート 培養肉が世界を変える』
「クリーンミート」をご存知だろうか。動物から採取された細胞を、ペプチド、ビタミン、無機物、糖類などで満たされた培養槽(バイオリアクター)で成長させ、得られた筋繊維から生産される「人工培養肉」だ。2013年に世界初の培養ハンバーグが発表され、一躍話題となり、世界中のスタートアップや研究機関が開発を競っている。
そのクリーンミートの、開発の最前線をまとめたのが本書『クリーンミート』(鈴木素子訳)だ。世界初のクリーンミート生産に特化した会社として設立された「メンフィス・ミート社」をはじめ、食肉革命を志す起業家や研究者を取材、クリーンミートの意義について考察している。著者は動物愛護運動家のポール・シャピロ氏。
人間に「やさしい」のか
本書によると、いま世界では年間15億頭の牛、10億頭の豚、500億羽の鶏が飼育されている。彼らの飼料や飼育地が環境への負荷をかけ続け、牛のげっぷに含まれるメタンガスは地球温暖化の原因にもなる。また、生産される肉には、もともと家畜のもつ菌に加えて、生育時に投与される成長ホルモンや抗生剤などの添加物が付着したり、残留しているという。
これに対してクリーンミートは、純粋に細胞を培養するため、細菌の付着が極めて少なく、添加物といった薬剤の影響もない。また、培養肉は動物の細胞をほんの少し採取するだけでできるため、動物を大量に飼育したり、生命そのものを奪う必要もない。つまり環境や動物、人体にとって優しく清潔――「クリーン」なのだ。
開発者の思いは「人命救助」
メンフィス・ミート社の創業者ウマ・バレティ氏は、元心臓外科医だ。幼い日に動物のと殺現場を目撃して以来、菜食主義者でもある。
バレティ氏は心臓病学を学んでいた時に、心臓に注入した幹細胞が心筋として成長することから、培養肉のヒントを得たという。筋細胞から筋肉を培養し、食肉とするアイデアだ。また、培養肉であれば、通常の肉に含まれ、人体に負担をかける飽和脂肪酸をコントロールすることもできる。つまり、従来よりも健康な肉ができるのだ。医師として活動するのと同様に、多くの人命を救うことになる、とバレティ氏は考えたという。
もちろん、課題もある。メンフィス・ミートの鶏肉はキロ1万9000ドルもの生産コストがかかり、安全性の検証や認可はこれからだ。そして培養肉が普及するのに一番大きなハードルは、消費者が人工物、「不自然さ」に対して抱く不快感だろう。
だがいまの私たちの食肉は本当に「自然」と言えるのか。人間にとっての「自然」は、ほかの生命や地球環境にとってはどうなのか。そんな問いを、本書は突きつける。現代の食肉のあり方について深く考えさせられる一冊だ。
今回の評者=若林智紀
情報工場エディター。国際機関勤務の後、人材育成をテーマに起業。その後、ホテル運営企業で本社人事部門と現場マネジャーを歴任。多岐にわたる業界経験を持つ。千葉県出身。東大卒。
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